本記事は2026年8月時点の取材を基に作成しています。
東京都江戸川区では、区立小岩第二中学校をモデル校として、「3名のALT(外国語指導助手)を当該中学校に"常駐させる"」という取り組みを進めてきました。授業の時間だけでなく、朝の挨拶運動、休み時間、給食、放課後、学校行事——生徒の日常のあらゆる場面にALTがいる。この環境づくりによって、生徒たちの「話す力」と「話してみたい気持ち」は大きく変わりました。生徒たちの意識の変化も現れ、アンケートで「英語で自分の考えや思いを話すことができる」と回答した生徒の割合は、当初の約40%から約60%へと上昇し、さらに、英語検定試験の受験率も、令和5年度から令和6年度にかけておよそ30%近く伸びる成果が見られました。
今回は、そんな江戸川区の取り組みを紹介すべく、江戸川区教育委員会 教育指導課 指導主事の根本先生に、取り組みの背景から現在の展望までをお聞きしました。
学んだ英語を「使う」場面が足りない —— スピーキングテストが映し出した課題
江戸川区ではこれまでも、さまざまな形でALTを活用した事業を進めてきました。しかし区として課題に感じていたのは、生徒が学校で学んだ英語を実際に使う実践的な場面、自分の英語を試す機会が十分ではないという点でした。
「なんとか『話すこと』に関する力を伸ばしていくことが必要だ」——当時の区教育委員会はそう考えました。 「江戸川区は外国籍の子どもが圧倒的に多い地域でもあります。言語の壁は、区が独自に取り組んでいかなければならない大事なテーマでもありました。」(根本先生)

[小岩第二中学校でのALTを活用した授業の様子]
各学年に1名のALTを配置し、毎回の授業を行っている。
生徒の発話機会をより多く設定するとともに、教材の開発についてもALTとJTEの協働で行っている。
また、外国語(英語)以外の授業にもALTが参加することもある。
ALTを「授業に来てくれる先生」から「いつも学校にいてくれる先生」へ
そこで区が注目したのが、「ALTとの関わり方」そのものでした。
ALTが授業の時だけ学校に来るのではなく、日常的に学校にいる環境をつくる。そうすることで、生徒が英語を「授業で学ぶもの」ではなく、「人とコミュニケーションを取るために使うもの」として捉え直すきっかけになるのではないか。そう考えたのです。
そのモデル校として選ばれたのが、小岩第二中学校でした。3名のALTの常駐が始まり、朝の挨拶運動、休み時間、給食、放課後、学校行事など、さまざまな場面で自然にやり取りができる環境づくりへの挑戦がスタートしました。
目指したのは、英語を正しく話すことではありません。「間違いを恐れずに、とにかく話してみたい。もっと英語を使ってみたい」——そんな空気を学校全体につくることでした。
「ALTが3名いる」だけでは、成果にはつながらない
とはいえ、前例の少ない取り組みです。学校現場には戸惑いもありました。
まず立ちはだかったのは、コミュニケーションの調整という課題でした。ALTによって日本語の習熟度には個人差があり、「すり合わせ」という点でまず苦労がありました。
そして、区として最も気にかけていたのが、単に「ALTが3名いる」という環境を、いかにして英語力や学習意欲の向上につなげていくかという点です。
「もちろんコミュニケーションが重要な要素であることは間違いないのですが、単純に人数や授業時間を増やすだけでは効果は期待できないと考えます」と根本先生は語ります。
「コミュニケーションの場面を意図的に増やし、自然なやり取りを生み出していくこと、そのための『授業外の計画』を立てることは、学校側にとってもかなりの難しさがありました。学校側だけが考えるのではなく、ALTたちにもどんな思いで関わっていくかを考えてもらい、そのうえで、実現したいことについて学校とALTとで「共通理解」をつくっていく。時間はかかりましたが、丁寧にその点をすり合わせていきました。」(根本先生)
さらに、中学校は教科担任制です。英語科の教員とALTだけで完結してしまってはいけない、という点も大きなポイントでした。
「取り組みの目的を共有することに関しては、他の教科の先生方ともやっていかなければいけません。ALTを学校生活、学校組織の一員としてどのように参画させていくのか、学校の運営面・組織的な部分でも苦労や難しさがありました。」(根本先生)
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[オリジナル教材の開発]
学校とALT、ALT派遣会社が協力し、独自の英語の問答集教材を作成し、生徒に配布して活用している。
授業だけでなく、昼の英会話や放課後のEnglish Clubでも使用している。
学校・教育委員会・企業の三者が、同じ絵を描く
この難しさを乗り越えるうえで支えとなったのが、学校×教育委員会×リンク・インタラックの三者による「共通理解づくり」でした。
教育委員会は、学校が困っていることに対して常に気を配り、その都度、担当指導主事が組織的な解決策について助言や提案を重ねました。同時に、学校、教育委員会、リンク・インタラックの三者で何度もコミュニケーションを取りながら「ALTにどのように働きかけてもらうか」という調整を図っていきました。
「共通理解がなければ結果には繋がらないですし、一貫した指導にも繋がらないと思います。これは学校現場でよくあることですが、Aさんが言ったこととBさんが言ったことが食い違うようなことがあれば、子どもたちには浸透しません。子どもたちが『どちらを信じたらいいんだ』と不信感を持ってしまっては信頼関係が築けなくなります。ですので、何よりも"共通理解"を図り、生徒も理解して進められるような形にすることを目指して、様々な立場の方々が尽力してくださいました。」(根本先生)
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[昼休みの英会話教室の様子]
開始当初は希望する生徒を対象としていたが、より多くの生徒に参加の機会を設けるために、各クラスの班ごとに全校生徒が順番に実施している。
腕相撲、ダンス、ハイタッチ —— 日常に溶け込んだALT
粘り強いコミュニケーションの積み重ねは、学校の風景を確かに変えていきました。取材にあたり根本先生が小岩第二中学校の先生方に当時のことを振り返って確認してくださったところ、
「授業だけの関係ではなくなったように感じます」
「ALTが自然に日常へ溶け込み、お互いの関係が当たり前のようになってきました」
「休み時間の腕相撲、流行りのダンスを一緒に踊ること、そして何よりハイタッチなどの自然なスキンシップが増えました」
「自分から躊躇なく声をかける生徒が増えたなと感じます」
「日常的にALTが身近にいるため、生徒の方から普段通りに自発的に声をかける姿が多く見られるようになりました」
など、先生方から数多くの「変化を実感する声」が届いたそうです。
たとえ英語に苦手意識がある生徒でも、自身の英語でのやり取りにぎこちなさを感じたとしても「何かアクションを起こそう、伝えよう」とする姿勢が、学校中で見られるようになったのです。
また、「学校全体が『ボーダレス』な雰囲気になったように思います」「国籍や言語の違いに対する抵抗感が薄れ、学校全体がボーダレスな空気に包まれるようになりました」という先生方からの声も届きました。
「先生たちからは『授業において、"相手意識"と"子どもたちなりのPDCA"が生まれたように感じる』という声も届いています。"日常の関係性"があるからこそ、生徒たちは、授業の中でも『このALTの先生に伝わるように話してみよう!』という明確な相手意識を持つようになります。自分自身で目標を立て、間違っても修正して再トライする——いわば"子どもたちなりのPDCA"が回っているという実感を、学校側も強く持っているといいます。」(根本先生)
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[休み時間の様子]
いつでもALTがいることで、休み時間も自然に英語で会話をする生徒が増えている。
また、ALTを英語で遊びに誘ったり、腕相撲を挑むなど、交流を深めている。
スピーキングテストの成果と、生徒の意識の変化
こうした日常の変化は、数字にも表れました。
スピーキングテストの結果を見ると、最も低いD評価の生徒の割合は48%から24%へと半減。一方、最高評価であるA評価の生徒は2%から13%へと大きく伸びました。低い層の底上げと、上位層の伸長が同時に起きたことになります。
生徒自身の意識にも、変化が見られました。アンケートで「英語で自分の考えや思いを話すことができる」と回答した生徒の割合は、当初の約40%から約60%へと大きく上昇しています。
さらに、英語検定試験の受験率も、令和5年度から令和6年度にかけておよそ30%近く伸びました。「挑戦してみたい」「学んでみたい」という気持ちが、行動として表れた結果と言えます。
そして、小岩第二中学校の一連の取り組みやそこで生まれた実績は、「ALTと協働した英語教育の推進」として東京都から表彰されるにまで至りました。
常駐の成果を、どう広げていくか
成果が出た一方で、根本先生は未来に対しても目を向けています。
「もちろんリソースを制限なく使えるのであれば、全校常駐が望ましい姿かもしれませんが、それが叶わない中で重要なのは『子どもたちがどれだけ自分ごととして英語力を身につけていけるか、その仕掛けを作ること』です。3名常駐という環境ではスピーキング力向上という素晴らしい成果が出ました。これと並行して、現在江戸川区では、中学2年生を対象に全32校で「AIを活用した学習アプリ」の導入・実習も行うなどの取り組みも進めています。理想としてはALT常駐のような環境をさらに広げていきたいですが、現実的には行き渡りにくい部分ももちろんあります。ただ、『子どものやる気を引き起こせば、英語力は間違いなく向上する』ということは、今回のプロジェクトによって証明されました。この『モチベーションを引き出す仕掛け』をどのように他の学校へも広げていくかが、次のフェーズだと考えています」(根本先生)
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[帰りのホームルームの様子]
帰りのホームルームも全クラス週に1回ALTによる英語でのホームルームを行っている。
はじめは慣れなかった生徒たちも、今では翌日の持ち物や教科の連絡を英語で伝えられるようになっている。
手段はさまざまでいい。大切なのは「使ってみたい」というきっかけ。
最後に、同じように英語教育やALT活用に取り組む自治体・学校へのメッセージを伺いました。
「現代は、英語力を身につけるための『選択肢』が本当にたくさんある時代です。今回のようにALTを常駐させる方法もあれば、AIやデジタルツールを活用する方法も、一般社会にだいぶ浸透してきています。しかし、どのような方法を選ぶにしても、最も本質的で中心にあるのは『学ぶ本人が、英語を使ってみたいという気持ちを持つこと』——きっかけ作りです。そのきっかけを作るアプローチは、自治体や学校によって様々であって良いと思います。江戸川区においては、ALT常駐というアプローチをとったことで一定の成果が得られました。やはり原点に戻りますが、いかにして子どもたちが『英語を使ってみたい』と思える環境を作れるか。そのために、教職員、学校、そして教育委員会がどのように計画・実行し、試行錯誤していくか。そして得られた課題や成果を分析して次に繋げていく。私たちができるのは、そうした環境作りに他なりません。目標を達成するための手段は様々です。それぞれの自治体や学校の課題に合わせて、最適な方法で取り組まれることが何よりも重要なのではないかと思います」(根本先生)
おわりに
小岩第二中学校という名前が象徴として語られる本事例ですが、これは決して一つの学校だけの物語ではありません。教育委員会、校長・副校長をはじめとする学校の教職員一人ひとり、そしてALT——。「共通理解」によって一人一人が繋がり、チームとして同じ絵を描いたからこそ、生まれた変化でした。
英語教育を追求すればするほど、英語という「教科の枠」を超えた、様々な課題に直面します。学校だけでも、ALTだけでもなく、全員がチームとしてつながり、強固な体制を築いて初めてALT常駐やAIといった「手段」が本当に力を発揮するのだと、改めて感じさせられる取り組みでした。
